大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)1390号 判決 1963年4月05日

上告人 東省三

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人弁護士岩間幸平、同山田尚の上告理由は別紙のとおりである。

上告理由の一について。

論旨は、原判決が上告人らはサン・フランシスコ条約によつて日本国籍を失つたものと解するのであれば、明らかな誤りであるというのであるが、原判決が、国籍を失つたのは日本国と中華民国との間の平和条約の発効による旨を判示していることは、その判文によつて明白である。論旨は進んで、右条約一〇条は中華民国の国民の範囲を定めており、上告人らは右一〇条の中華国民に含まれないから、右平和条約によつて日本国籍を失うことはないというのである。

しかし、昭和三六年四月五日及び同三七年一二月五日(編者註・昭和三三年(あ)第二一〇九号(法曹時報一五巻二号))の当裁判所大法廷判決の判示するように、平和条約により日本国籍を失う者は、それまで日本の国内法上台湾人としての法的地位を持つていた人と解することは、右条約の趣旨に反するとはいえない。また所論の「受降典札」が上告人らの国籍得喪に関係がないことは原判示のとおりである。論旨は理由がない。

上告理由の二について。

論旨は、共通法は、日本国民のなかに内地人、朝鮮人、台湾人の区別を設けており、日本国憲法施行後は、憲法一四条一項に違反して無効であるというのである。しかし、共通法上、内地人、朝鮮人、台湾人が区別されることが、日本国憲法施行後においても、その一四条に違反しないことは、前記大法廷判決の趣旨に照らして明らかであつて、論旨は理由がない。また、上告人嘉子が同省三と婚姻したのは、現行の国籍法施行後ではあるが、その婚姻は日本人間の婚姻であつて、新国籍法が夫婦同一国籍主義を採用していないこととは何らの関係もない。

上告理由の三について。

所論当裁判所昭和三〇年(オ)八九〇号事件(前記昭和三六年四月五日判決(編者註・民集一五巻四号))の事案と本件の場合と、事実関係において全く同じでないことは論旨のとおりである。しかし、上告人らが日本国籍を有しないことは原判示のとおりであつて、論旨は理由がないことに帰する。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田克 河村大助 山田作之助 草鹿浅之介)

上告理由書

上告代理人岩間幸平、同山田尚の上告理由

本件事実の概要並に原判決の要旨

上告人省三は昭和四年八月一日共通法上の内地人の身分を取得した。

昭和二十年十月二十五日、台湾及び澎湖諸島(以下台湾等と云う)において、中華民国政府は受降典札(接収手続)を行つた。

昭和二十一年三月十六日上告人省三は共通法上の内地人の身分を喪失し、台湾人の身分に復帰した。

昭和二十七年二月十二日上告人省三と上告人嘉子は婚姻した。

昭和二十七年四月二十八日、日本国との平和条約(以下サンフランシスコ条約と云う)が発効し、昭和二十七年八月五日日本国と中華民国との間の平和条約(以下日華条約と云う)が発効した。

上告人等は平和条約の発効により日本国籍を喪失した。即ち平和条約には領土変動に伴う国籍変動の範囲を定めた明確な規定はないが、同条約の趣旨は、日本国内法上台湾人たる法的地位を有する者について国籍変動を生ぜしめるにあり、上告人省三は昭和二十一年三月十六日以降台湾人たる法的地位に在り、上告人嘉子は上告人省三との右婚姻により台湾人たる法的地位を取得したものであるから、上告人等は平和条約の発効により日本国籍を喪失したものである。

一、原判決には、日本国と中華民国との間の平和条約の解釈を誤つた違法がある。

国際法上の法律効果として領土の異動と云う効果が生ずるのは平和条約によつてゞあり、領土異動に伴う国籍異動の範囲も亦平和条約によつて合意されるものであるが、一国の国内問題としての国籍の得喪は、国際的合意としての平和条約において取極められた範囲において、平和条約の憲法下における国内法的効果として発生するものである。

原判決の挙示する平和条約はサンフランシスコ条約と日華条約とである。然し中華民国はサンフランシスコ条約の署名国に加わつて居ないのであるから、台湾等についての日本と中華民国との間の領土の異動、従つて又これに伴う国籍異動がサンフランシスコ条約によつて生ずる筈がない。されば原判決がサンフランシスコ条約によつて上告人等が日本国籍を喪失したものとするならば明らかに誤りでなければならない。

日本と中華民国との間に平和条約として日華条約が締結され発効して居る以上、日本と中華民国との間の台湾等の割譲に伴う国籍異動は、日華条約によつて定まるものと云わねばならない。

サンフランシスコ条約の日華条約に及ぼす影響は、その成立の歴史的過程と日華条約における引用の範囲に限定せられるものである。

ところで、右の如き平和条約における国籍の異動とは、一方の締約国における国籍の喪失と他方の締約国における国籍の取得とが不可分的に結合して居るものである。即ち右の如き国籍の異動なるものにおいては、一方の締約国の国籍を喪失しながら他方の締約国の国籍を取得しないと云う関係はあり得ないのである。従つて平和条約によつて地方の締約国の国籍を取得しないとされる者は、平和条約による国籍異動の範囲に属さない者、即ち一方の締約国の国籍を喪失する人的範囲に属さない者と云わねばならない。

ところで特定人について、ある国の国籍を有するか否かの最終的決定を為す権利は、当該国家自身がこれを有するものであることは国際法上の原則として確立された処であり、国際礼譲の上からしても当該国家の快定せる処を尊重するのが当然である。他国が国内法上の処理として国籍についての調整を図ることはあつても一国が特定人についてその国籍を有しないものと決定して居る以上、他国がこれを否定することは許されないものと云わなくてはならない。上告人省三について見ると、甲第二号証に示されて居る通り、中華民国は同上告人が中華民国々籍を有しない者、換言すれば日華条約において合意された内容によつては中華民国々籍を取得しなかつた者として居るのである。されば日本国々家機関も亦上告人省三が中華民国々籍を有しないことを前提としなければならぬものであるに拘らず、原判決は上告人省三が中華民国々籍を有するものとし、その取得に対応して上告人等が日本国籍を喪失したものと結論して居ることは重大な誤りであると云わねばならない。

そもそも平和条約の締結に至る迄の経過は、日本が昭和二十年九月二日降伏文書に調印し所謂無条件降伏したことがその基盤を成すのであつて、所謂連合国と日本国との平和条約締結の立場は本来的に対等ではなかつたのである。即ち平和条約の内容の決定権について見れば、中華民国を含む連合国の側に優位的立場があつたのであつて、日華条約による国籍異動の人的範囲の決定も亦中華民国の側に優位的立場が認められるのである。されば中華民国において、日華条約により中華民国々籍を取得せずとされて居る者換言すれば中華民国において、日華条約における国籍異動の人的範囲外とされて居る者については、日本国も亦これを承認しなければならない立場にあるものである。

この点を明確にするものは、日華条約第十条の規定である。日本国と中華民国との間の国籍異動の範囲は、日華条約によつて規律せられるものであること前述の通りであるが、右第十条は、同条約の適用上中華民国々民とされる者の範囲を如何にするかの要件を定めて居る。自然人についてこれを見れば、(一)台湾等の住民、かつて住民であつたそれらの者の子孫、と云う要件の外に(二)中華民国が台湾等において現に施行し又は、今後施行する法令によつて中華民国々籍を有する、と云う要件を充足する者が中華民国々民とされて居る。かくて、日華条約において国籍異動の対象たる者は、日華条約締結時において日本国籍を有して居た者であつて、右第十条に定められた要件を充足する者と云うことになるのである。

因みに右第十条の要件を充足する者の中には昭和二十年十月二十五日(この点後述)以前から中華民国々籍を有して居た者も存在する筈である。この者は日華条約による国籍異動の対象として考慮する余地はない。日華条約による国籍異動の対象人は、日華条約まで日本において日本国籍を有する者とされ、然も右第十条の要件を充足する者に限定される。この者を昭和二十年十月二十五日以前より中華民国々籍を有する者と共に、日華条約において中華民国々民とするとの趣旨が、右第十条の〃含むものとみなす〃とする条文の表現となつて居るものである。

右の通り、日華条約による国籍異動の人的範囲は、右第十条の要件を充足する者に限られるのであるが、右(二)の要件は本来的に中華民国々内における処理の問題である。中華民国々家機関が台湾等において如何なる内容の法令を、如何なる時点において施行するかは、主催国たる中華民国内部において決定せられる事柄であり、これに対する何等の制約も存しないのである。従つて右(二)の要件が、第十条において国籍異動の範囲についての要件として合意せられた限りにおいて、中華民国々内処理の範囲において、日華条約における国籍異動の生ずることが、国際的合意として取極められたものと云わねばならない。

ところで如何なる法令を如何なる時点において施行するかゞ中華民国の専権に属すると同時にその法令により特定人が中華民国々籍を有するものとするか否かの最終的決定権も亦中華民国の国内処理として中華民国に専属するものであることは前述の通りである。その中華民国が上告人省三について、同国々内法上同国の国籍を有しないとして居ることも前述の通りである(甲第二号証参照)。されば上告人省三は日華条約における国籍異動の人的範囲に内包せられない者と云わなければならない。

そこで中華民国の国内処理を見るに原審判決において確定された通り、中華民国政府は、台湾等について、昭和二十年十月二十五日受降典礼なる接収手続を行つたのである。この受降典礼なる処置が、それだけでは国際法上の法律効果を生じ得ないものであるとしても中華民国々内上の処理として、同国々内法上の法律効果を生じたものであることは疑ない。

従つて中華民国々内法上の効果としては、昭和二十年十月二十五日現在において台湾等は申華民国の領土として取扱われこれに伴い、同国々内法令に従つて一定範囲の者が中華民国々籍を有する者とされたのである。即ち中華民国における国内上の効果は昭和二十年十月二十五日に、同日を基準時点として確定されたものであり、在外台僑国籍処理弁法による国籍取得の除外例の様な例外を除き、昭和二十年十月二十五日現在において中華民国々籍を有するか否かゞ決定されて居るのである。

ところで、日本国憲法が未だ施行せられて居なかつた昭和二十年十月二十五日現在を基準時点とする限り、日本国法上内地人・台湾人と云う身分上の差異が明確に存し、これに伴い内地戸籍、台湾戸籍も厳格に区別されて居たのである。かくて中華民国において、昭和二十年十月二十五日中華民国々籍を有する者とされたのは、同日現在において台湾等に戸籍(籍貫)を有して居た者、換言すれば日本国法上台湾人の身分を有して居た者であつた。昭和二十年十月二十五日現在に基準を置く限り、上告人省三は台湾人たる身分を有せず、従つて台湾戸籍に登載されて居らず、上告人嘉子も勿論台湾人たる身分になかつたのであるから、上告人等は中華民国々内法上の処理において、同国の国籍を有するものとされず、又される筈もなかつたのである(甲第二号証はこれに照応するものである。)。

以上の如く、上告人等は中華民国の施行する法令によつて同国の国籍を有するものとされない以上日華条約第十条により国籍異動の人的範囲に内包せられるものと云うことはできないのである。然るに上告人等が平和条約による国籍異動の範囲に含まれるものと判断したことは、平和条約の解釈を誤つたものと云わねばならない。

因みに上告人省三が平和条約により日本国籍を喪失しなかつm2たとするならば原判決の論旨からしても上告人嘉子が日本国籍を喪失する謂れは全くないものである。

二、原判決には憲法第十四条第一項、共通法及び国籍法の解釈を誤つた違法がある。

原判決は、日華条約によつて国籍異動の生ずる人的範囲は日本が台湾等を領有した後において、日本国法上台湾人としての法的地位を有した者であるとして居る。ところで右国籍異動の人的範囲が、如何なる時点において台湾人としての法的地位を有して居た者を指称するものであるかについては原判決において直接明示する処がない。然し原判決が上告人嘉子について昭和二十七年二月十二日台湾人たる身分を取得したと判断して居るところからすれば、右の基準時点は平和条約発効の時として居るものとしか考えられない。従つて原判決は平和条約発効の時において日本国法上台湾人たる法的地位を有して居た者が国籍異動の人的範囲であるとして居る訳である。

確かに共通法は日本国民中に内地人、朝鮮人、台湾人と云う身分上の差別を設けて居た。台湾等及び朝鮮は、内地と異る異法地域とされ、台湾人・朝鮮人はそれぞれ台湾戸籍、朝鮮戸籍に登載されると共に、その身分上の地位は法律上諸般の制約を受けたのであり、その権利義務の上で内地人とは差別された取扱を受けて居た。然し昭和二十二年五月三日施行せられた日本国憲法第十四条第一項はすべて国民は法の下に平等であるとし、如何なる法的差別も認めないことを明示したのである。されば日本国民の中に内地人、朝鮮人の区別を設け、その間に法律上権利義務について差別を設けることは日本国憲法施行後は許されないものである。されば共通法が内地人、台湾人、朝鮮人について、法律上の権利義務に差別を設けて居る限りにおいて、憲法第十四条第一項に違背するもであり無効のものである。

従つて昭和二十二年五月三日以降においては、その権利義務に差別あるものとしての内地人、台湾人、朝鮮人の区別は効力を失つたものである。共通法上の内地人、台湾人、朝鮮人の区別は単に登載されて居る戸籍の区別であるに過ぎないのである。

原判決に所謂"で台湾人としての法的地位をもつた人"法はその限りにおいて失効したものであるから、昭和二十二年五月三日以降は日本国民の中に原判決判示の如き特殊的地位にある者は存在しないのである。されば原判決判示の人に上告人等が内包されるとすることはできないのであつて、理由不備と云わねばならない。

原判決判示の人が、単に台湾戸籍に登載せられて居るものとして居るのでないことは原判決全体から明らかであるが、昭和二十二年五月三日以降、日本国内法上台湾人と称される者は、この意味においてしか存在しなかつたのである。昭和二十二年五月三日以降において台湾等は異法地域の観を呈して居たのは、日本国内法上の問題ではなく、占領政策によるものであつたのである。

更に昭和二十五年七月一日施行せられた国籍法は、旧国籍法の夫婦国籍同一主義を廃棄した。これは民法改正によつて法律上"対する主権の行使者、主権行使の在り方としての法規制がそれぞれ別個である場合を承認するのが現行国籍法の建前である。共通法上の内地人、台湾人、朝鮮人に対する法規制の差異は、主権者が同一であるだけで内地と台湾等は異法地域であり、法規制を異にするものであるから、園際関係に準じて取扱はるべきものである。されば台湾人との婚姻によつてその"

以上の如く、上告人等が昭和二十七年当時において日本国法上台湾人としての法的地位にあつたものとする判断は明らかに法令の解釈を誤つたものである。

三、原判決が参照して居る最高裁判所昭和三十年(オ)第八九〇号事件における事案は、日華条約の存在と以う点、婚姻が昭和二十五年七月一日前と後との相違がある点その他において重要な点に差異が存するのであつて、右判例を以て本件を律することはできないものである。然も前敍の法令違背は、原判決の結果に影響を及ぼすこと明らかなものであるから、原判決は当然破棄せらるべきものである。

(参照)日本国と中華民国との間の平和条約第十条

この条約の適用上、中華民国の国民には、台湾及び澎湖諸島のすべての住民及び以前にそこの住民であつた者並びにそれらの子孫で、台湾及び澎湖諸島において中華民国が現に施行し、又は今後施行する法令によつて中国の国籍を有するものを含むものとみなす。また中華民国の法人には、台湾及び澎湖諸島において中華民国が現に施行し、又は今後施行する法令に基いて登載されるすべての法人を含むものとみなす。

以上

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